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昨日あきこと呑んで来た。
もうサッカーの神時代の話で盛り上がり過ぎて、
あたしが何故高校のときに1人だけ皆がハマってたアイドル(笑)に夢中にならなかったかっていうと、サッカーに夢中だったからなんだ。
何故かと言うと、
中 村 俊 輔 が 好 き 過 ぎ る か ら で、
「オフサイドからのフリーキックとかさー、中田ヒデが蹴ると見せかけて俊輔っていうのがマジで神」
だとか
「日韓に選ばれなかった時点で本気で泣いた」
とか散々語っていた。
なのに。
どうしても、どうしてもあの伝説のトルシエの通訳の名前が浮かばなかったんだ。
あきこに聞かれた瞬間に何のためらいもなく、
「フランシスコザビエル。」
って答えて、お互い一瞬納得し合った。
しかし、だ。やはりお互い一応何の教養もなく生きて来たわけではない。
しばしの沈黙のあとで、
「これって歴史の…」
「それって宣教師…」
となり、どうしてもあの通訳の名前が浮かばなかった訳だ。
あんなにトルシエの横に居たのに。
むしろトルシエとは違う指示を出しているんじゃないかと思わせるほどに印象深かったのに。
トルシエジャパン解散後に、彼が何を思ったのか出した自伝「黄金時代」の名前まで思い出せたのに、
どうしても思い出せなかったんだ。
思い出の中でじっとしていたんだ、彼は。
「なんだっけ・・・すっごい近いよね、すっごい惜しいんだよ・・・」
「カバディ・・・じゃなくて、なんだっけ・・・」
もう気になってその話題から離れられない。
フ ラ ン シ ス コ カ バ デ ィ
もう脳内はそれでいっぱい。
だから店員さんを呼んだんだ。
私「あの、サッカー詳しいですか?」
神「はい。(即答)」
私「あの、トルシエの通訳してた人ってなんてな
神「フローラン・ダバディ。(即答)」
直後に、あたしとあきこが爆笑したのは言うまでも無い。
彼は、
まるで俊輔の放つFKの美しいアーチのように、
シドニー五輪ブラジル戦で俊輔が見せたサッカーへの執念のように、
同試合で温存された中田ヒデのアメリカ戦に燃やす闘志のように、
そしてトルシエよりも悔しがった、あのダバディの見せた涙のように、
清清しくも見事に、あたかもクイズの回答者のように、
何のためらいもなく、あたしの言葉を遮って、表情一つ変えずにそう言ったんだ。
もう本当に素晴らしかったよね。
栄光への架け橋だったよ。
帰り際、会計するときに、
「時々テレビ出てますよ。すぽるととか」
と、予備知識を見事に私達に教え、宣教し、そして笑顔で見送ったんだ、
これから試合に臨むスタメンを送り出すかのように。
だから私達は、彼を神だと思った。
その気持ちは今でも衰えるところを知らない。
もうあんなにサッカー好きで、あの時の選手とかポジションとか全部言えるし、
むしろシドニー日韓なんて、何点差で勝ったのかとかまで言える自信があるくらい好きなのに、なんで出なかったんだ・・・。・゜・(/Д`)・゜・。シクシク
あんなに好きだったのに。
あんなに一緒だったのに。(トルシエ的な意味で)
悔しいから、シドニーの壮行試合から全部ビデオ見直そうと思いました。
アジアカップとかキリンカップとかまで見てやる。
俊輔好きで中学生の頃に横浜まで行ったあたしの意地をもう一度奮い立たせる時だ。
ちなみにトルシエジャパンの話をすると、個人的に嫌いだという理由でW杯に俊輔を選考しなかった彼は本当に嫌いだけど、
彼が日本に持ち込んだサッカーは素晴らしいものだったと思う。
ツートップのフラット3。
そしてよく明神なんていう逸材を、彼は選んだよ。
いや、ダバディの助言かもしれないけど、でも凄いよ。
いまどき三角DFだとか、4バックだとか、そういうのはもう流行らないよ。
決定力不足の日本にはやっぱりフラット3。
あの時、暴れ馬ばかりのDFを統率できる宮本がいなかったら成り立たなかった。
どんどん突っ込んでいく中澤と、比較的2人に比べてなんでもこなすリベロ松田がいなかったら、成り立たなかったと思うよ。
ボランチに福西もしくは稲本がいなかったら成り立たなかったと思うよ。
あー、サッカー熱再び。
ちなみにもうここ最近はもっぱら海外です。
中学の時からラウルは大好きだったけど、今でもユニ着るくらい好きだ。
うちらが高校サッカーで見てた人達がいま代表にいるんだもんなぁ。
すごいよなぁ。
すいませんサッカー話で。
もうサッカーの神時代の話で盛り上がり過ぎて、
あたしが何故高校のときに1人だけ皆がハマってたアイドル(笑)に夢中にならなかったかっていうと、サッカーに夢中だったからなんだ。
何故かと言うと、
中 村 俊 輔 が 好 き 過 ぎ る か ら で、
「オフサイドからのフリーキックとかさー、中田ヒデが蹴ると見せかけて俊輔っていうのがマジで神」
だとか
「日韓に選ばれなかった時点で本気で泣いた」
とか散々語っていた。
なのに。
どうしても、どうしてもあの伝説のトルシエの通訳の名前が浮かばなかったんだ。
あきこに聞かれた瞬間に何のためらいもなく、
「フランシスコザビエル。」
って答えて、お互い一瞬納得し合った。
しかし、だ。やはりお互い一応何の教養もなく生きて来たわけではない。
しばしの沈黙のあとで、
「これって歴史の…」
「それって宣教師…」
となり、どうしてもあの通訳の名前が浮かばなかった訳だ。
あんなにトルシエの横に居たのに。
むしろトルシエとは違う指示を出しているんじゃないかと思わせるほどに印象深かったのに。
トルシエジャパン解散後に、彼が何を思ったのか出した自伝「黄金時代」の名前まで思い出せたのに、
どうしても思い出せなかったんだ。
思い出の中でじっとしていたんだ、彼は。
「なんだっけ・・・すっごい近いよね、すっごい惜しいんだよ・・・」
「カバディ・・・じゃなくて、なんだっけ・・・」
もう気になってその話題から離れられない。
フ ラ ン シ ス コ カ バ デ ィ
もう脳内はそれでいっぱい。
だから店員さんを呼んだんだ。
私「あの、サッカー詳しいですか?」
神「はい。(即答)」
私「あの、トルシエの通訳してた人ってなんてな
神「フローラン・ダバディ。(即答)」
直後に、あたしとあきこが爆笑したのは言うまでも無い。
彼は、
まるで俊輔の放つFKの美しいアーチのように、
シドニー五輪ブラジル戦で俊輔が見せたサッカーへの執念のように、
同試合で温存された中田ヒデのアメリカ戦に燃やす闘志のように、
そしてトルシエよりも悔しがった、あのダバディの見せた涙のように、
清清しくも見事に、あたかもクイズの回答者のように、
何のためらいもなく、あたしの言葉を遮って、表情一つ変えずにそう言ったんだ。
もう本当に素晴らしかったよね。
栄光への架け橋だったよ。
帰り際、会計するときに、
「時々テレビ出てますよ。すぽるととか」
と、予備知識を見事に私達に教え、宣教し、そして笑顔で見送ったんだ、
これから試合に臨むスタメンを送り出すかのように。
だから私達は、彼を神だと思った。
その気持ちは今でも衰えるところを知らない。
もうあんなにサッカー好きで、あの時の選手とかポジションとか全部言えるし、
むしろシドニー日韓なんて、何点差で勝ったのかとかまで言える自信があるくらい好きなのに、なんで出なかったんだ・・・。・゜・(/Д`)・゜・。シクシク
あんなに好きだったのに。
あんなに一緒だったのに。(トルシエ的な意味で)
悔しいから、シドニーの壮行試合から全部ビデオ見直そうと思いました。
アジアカップとかキリンカップとかまで見てやる。
俊輔好きで中学生の頃に横浜まで行ったあたしの意地をもう一度奮い立たせる時だ。
ちなみにトルシエジャパンの話をすると、個人的に嫌いだという理由でW杯に俊輔を選考しなかった彼は本当に嫌いだけど、
彼が日本に持ち込んだサッカーは素晴らしいものだったと思う。
ツートップのフラット3。
そしてよく明神なんていう逸材を、彼は選んだよ。
いや、ダバディの助言かもしれないけど、でも凄いよ。
いまどき三角DFだとか、4バックだとか、そういうのはもう流行らないよ。
決定力不足の日本にはやっぱりフラット3。
あの時、暴れ馬ばかりのDFを統率できる宮本がいなかったら成り立たなかった。
どんどん突っ込んでいく中澤と、比較的2人に比べてなんでもこなすリベロ松田がいなかったら、成り立たなかったと思うよ。
ボランチに福西もしくは稲本がいなかったら成り立たなかったと思うよ。
あー、サッカー熱再び。
ちなみにもうここ最近はもっぱら海外です。
中学の時からラウルは大好きだったけど、今でもユニ着るくらい好きだ。
うちらが高校サッカーで見てた人達がいま代表にいるんだもんなぁ。
すごいよなぁ。
すいませんサッカー話で。
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